ボブ・ディランはいろいろと伝説化されているし、ほんとにそんなにすごい人なのか、と疑問に思う人ももしかたらいるかもしれない。そのへんのヒット曲しか聞いてこなかった人たちや音楽わかんない人はのけておいて、こんだけ有名だといくらか差し引いて勘定しておきたくなるのが人間というもの。ま、それでもよござんすよ、あなたがまだボブ・ディランを聞いてないのなら。あなたはこれからディランに出会う機会が何度もあるわけだからね。でも、ちょっと言わせてくれてもいいじゃないの。
プロになって歌を歌っている人はみんなむちゃくちゃうまくって、それこそカラオケがうまいとかの程度とは違う次元をもっているよね。歌の世界に生きることができる能力とでもいうべきものを持っているのがプロなの。プロが歌ってる瞬間って、そこに歌と歌い手しかいない、と言えばわかってもらえるだろーか。美空ひばりなんかは歌いながら自然と涙を流す人でしたね。
ま、それはいいとして……ええと、あれは99年のウッドストックだったかな。あれってレッチリとかすごいアーティストたちがいっぱいでてたんだよね。んで、ディランも出てたのよね。テレビで見てました。中継だったかもしれない。んで、ディランがステージに出てきて歌い始めたときのことはっきり覚えてますね。その存在感の強さをはっきり感じたの。あれだけすごい人たちがいっぱい出てたのに、ディランのそれはひときわ際だっていたんだよね。ま、そのときにニール・ヤングやブルース・スプリングスティーンがでてても同じようなこと思ったかもしれん。にしても、やっぱりディランのカリスマ性というのはすごいなあと思ったんです。こんだけやってきてて、まだオーラ出しまくっているんだもんね。いま現役バリバ� �の人にぜんぜん負けないくらいの。
そのディランの強さの秘密の一つは、彼がずっと変化しつづけようとしていることがあげられるよね。同じ曲を同じアレンジで歌うことはほとんどないよね。まあこれはバックバンドが変わるのに合わせて変えているのかもしれない。これだけ有名な曲をもっていると、ずっと同じ調子で歌いたくなるなるかもしれないけど、ディランはすごく柔軟で、どんどん歌い方もアレンジも変えていくんだよね。ライブバンドなら、スタジオテイクとライブテイクが違うってのはまあよくあることなんだけど、ディランは一人だけどライブバンド作ってやってるんだよね。このへん、ポップバンドばっかりの日本ではなじみのないやり方なんだよなあ。実際、ロックは日本に定着さえしていないと思うし……
あと、たまにいるのがディランの曲は好きだけど、ディランの歌い方は嫌いっていうタイプ。まあ、これは好みなのでどうしようもないけど、やはり日本のポップスになれすぎているんじゃないかな、そうゆう人は。私ははじめてディラン聞いたとき、一曲の中で繰り返されるリフレインでも、毎回引き延ばし方とか歌い方をできるだけ変えて歌う彼の独特の唱方にびっくりしたもんです。普通ありえないよね、こんな変な歌い方。でもこれが強烈なんだな。to be stuck inside of mobile with the memphis blues againのところなんて、毎回アクセントずらして、さらっというところと母音ひきのばすところも違うし、聞く度に面白くて仕方がない。とくに初期のディランは膨大な語彙数の曲を歌うから、メロディーを自由に動かして単語の歌い方を変えられるんだよね。それにラップの元祖と言われるだけあって、異常な高速で歌詞をはきだすのは聞いていてぞくそくする。「ライク・ア・ローリング・ストーン」なんてカラオケに入ってるけど、あんな難しい早口の曲をちゃんと歌える人なんているんだろうか。
あと、ディランの歌詞は大学での研究対象となるほど文学的だけど、これほど密度のある歌詞を書く人はやっぱりほかにほとんどいないと思う。ブルース・スプリングスティーンやレナード・コーエンとかが匹敵するくらい。windowsmedia.comのボブ・ディランのページでは、「ボブ・ディランのポピュラー・ミュージックへの影響は計算不可能だ」と書いてあるけど、ディランの影響の大半はこの歌詞の文学性によるものだと思うんです。文学の音楽への導入ってことは本質的なことで、これによって今までラブソングばっかりだったのが、もっと個人的なことを歌ってもいいってことになって、いろんな人が音楽をやるようになったし、音楽が人に果たす役割も増えた。確かに60年代は音楽がその深さにおいて文学にとってかわっていた時� ��だった。ほかにも、ディランはいろんなジャンルの創始者でもあるのだけど、アメリカのルーツミュージックを現代の音楽へとよみがえらす手助けをしたことなどにも大きな功績があった。ディランはアメリカンミュージックの偉大な後継者の一人であると思う。
正直なところ、その多産性や名盤の多さをニール・ヤングと比べると、ヤングのほうに軍配があがると思う。今日のアーティストに与える影響なんかも確実に弱くなっていると思うしね。でも今でも新しいアルバムを、しかも傑作のアルバムを発表して、グラミーも何部門かもっていくってのはやはり素晴らしいと思う。いや、ほんとに新作がすごくいいんだってば。ディランは80年代や90年代と比べると、今まちがいなく充実してきている。これはファンにとってはすごく嬉しいことだ。とくに『ラブ・アンド・セフト』のディランはどうだろうか。『グッド・アズ・アイ・ビーン・トゥ・ユー』や『ワールド・ゴーン・ロング』を通り抜けてきたディランがここにいる。そう、彼は上でも書いたように、自分をアメリカンミュージック の伝道者として位置づけたんだと思う。強烈なメッセージもなく、あるいは強烈な個性さえなく、非常に純粋な音楽家の姿が見えるようだ。
<アルバム紹介>
Bob Dylan (1962,Columbia)
『ボブ・ディラン』
ウディ・ガスリーの影響を強く受け、当時のフォーク・リヴァイバルムーブメントの中で作られたフォーク・アルバム。ディランのギターとハーモニカのみで演奏されている。オリジナル曲は「Song to Woody」と「Talkin' New York」のみだが、どちらも素晴らしい。
The Freewheelin' Bob Dylan (1963,Columbia)
『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』
「風に吹かれて」「激しい雨が降る」などフォークの聖典というべき名曲がそろう。
The Times They Are a-Changin' (1964,Columbia)
『時代は変る』
アルバムタイトル曲のフレーズは一般に広まった。プロテスト色が強い地味なアルバム。 「神が味方」「しがない兵士」「ハッティ・キャロルの哀しい死」などやはり名曲が揃う。
Another Side of Bob Dylan (1964,Columbia) recorded in 9th of Jun. 1964.
『アナザー・サイド・オブ・ボブ・ディラン』
一転してパーソナルな曲ばかり。いいラブソングが多い。My back pagesはほんとうに名曲で、30周年コンサートでもラストでみんなに歌われた。ほかには、All I really want to doとかI shall be freeとかIt ain't me babeとかが、エレキバージョンでどんな風に歌われるのかということもチェックしてほしい。ザ・バーズはChimes of freedomとかをとりあげた。I don't believe you (she acts like we never have met)はディランにしては否定的な歌だけど、これも大好き。つうか、これ一日でレコーディングされたんだね。
Bringing It All Back Home (Mar.1965,Columbia)
『ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム』